ガルミッシュ・パルテンキルヒェンにやってきたのは、前回書いたようにリヒャルト・シュトラウスのヴィラを一目見ることともう一つ、こちらを訪問すること。
教会の裏はお墓。
お墓参りをする人たちのための泉。
如雨露も置かれている。
余談だが、この如雨露という言葉、元はポルトガル語のjorroなのね…ということは、ポルトガルから伝わる前はそういう道具がなかったということね。水遣りは桶と柄杓だったのかしらね。
さて、目指す場所にやってきた。
リヒャルト・シュトラウスと奥さんのお墓。奥さんは一歳年上で、悪妻として有名だけど、シュトラウスの死後すぐに亡くなったのね。
ちなみにこのお墓はリヒャルト・シュトラウス夫妻だけのではなく、子孫も葬られている。一番新しいのは2020年ので、孫の奥さんだった。孫の死は2007年。ここには葬られていないが、孫の弟も2020年に亡くなっている。今は曾孫の世代が管理しているようだ。子孫は音楽家とは限らず法律家だったり医者だったりだが、リヒャルト・シュトラウスの大きな遺産を引き継いでいくのって、物理的にも精神的にも大変だろうな。同じリヒャルトつながりでワーグナー家の今の諸問題を思い出してしまう…
ヴィラの門と同じ様式の鉄細工の飾りがついていた。
お花が綺麗に咲いていた。
リヒャルト・シュトラウスのお墓参りに来る人も多いここ、もちろんしっかり管理されている。写真をググると、季節によってこのお花が異なり、植え替えているのだなと分かる。ふと見れば、めぎたちの前に先客がいたようで、手前にブーケが供えられていた。めぎはお線香代わりにここでお香を焚いて、お参りをした。
大きなヴィラを持つ大金持ちのシュトラウス家なので、もっとゴージャスなお墓かと思っていたが、もちろん大きいけれど、他の家のより意外とあっさりとしたお墓だった。もっとゴージャスでもっと大きいのがいっぱいあったのだ。2022年の夏の旅ではこの前にスロヴェニアの田舎へ指揮者のカルロス・クライバーのお墓参りもしてきたが、それと比べても雰囲気に大差がなく、死ぬと終わりなんだな…と改めて感じた。自分の「終わり」を潔く受け入れているのが伝わってくるお墓で、ビデオで見るとあまりお友達になりたくないような雰囲気のリヒャルト・シュトラウスだけど、親近感を覚えた。
この記事へのコメント
Baldhead1010
mm
YAP
お金があれば幸せということもないだろうし、遺産問題って大変なんでしょうね。
日本でも著名な歌手や作曲家とか、同じような問題を抱えている人もいるんだろうな。
如雨露という漢字は初めて知りました。
(。・_・。)2k
友達の家が桶屋なんですが 柄杓も作ってます
日本ではセットで使う物なのかもですね
爛漫亭
作曲したのでしょうね。
テリー
なんだ。
Inatimy
季節によって花を植え替えるなんて、すごいことだもの^^。
おと
遺産相続、たいへんでしょうし、建物やお墓などの管理を代々続けていくのも、やはりたいへんだろうなぁと思います。でも、お金がたくさんあったら、それも誰かに頼んでやってもらえちゃうのかな。