日本にキリスト教を伝来したフランシスコ・ザビエルは、マラッカから日本へやって来たらしい。でも、この教会はその当時に建てたものではなく、19世紀中ごろにザビエルの功績をたたえて建てたもの。だから、当然だけど、妙に新しい。
マラッカには全然興味のなかっためぎ、ポルトガルが作った砦もオランダが作った博物館も特に食指が動かず、じゃあ何を見るって知っている名前ザビエルの名を称えた教会ぐらいしか思いつかず、とりあえず行って見たのだった。中ではちょうどこれから結婚式が行われるところで、準備中だった。
クリスマス期間だったので(行ったのは12月29日だが、キリスト教ではクリスマスは12月25日から1月6日まで祝う)、キリスト誕生の厩もあった。
プラスチックの飾りはとても陳腐に見えてしまう。まあ仕方がないのだけど。
でも、清楚で綺麗な教会でもあった。
外にザビエル像と、ザビエルの日本での布教のきっかけとなり布教を手伝ったらしい「やじろう」という日本人の銅像があった。
フランシスコ・ザビエルについては、彼が生まれたお城をスペインのバスク地方で訪ねたことがある。彼は名のある貴族の生まれで、お城は素晴らしく立派だった。そのお話はこちら(当時貼り付けた絵や地図が全部は表示されないが、そのままにしてある)。そこから長い旅を経てマラッカへ、そして日本へ、そして最後は中国へ。人生、本当にいろいろだなぁ…
この記事へのコメント
Baldhead1010-1949
1990年代、まだ種苗の輸入規制がない頃、古嵜(こさき)さんという日本人の方-現ドイツ在住-が北海道の栗カボチャの種を輸入してドイツで広めたようです。
今ではヨーロッパの各国で、Hokkaidoという名の栗カボチャが有名になってるようです。
以上、今朝のNHKニュースからでした。
夢の狩人
とても綺麗だと思います。
日本ではフランシスコ・ザビエルの名は誰もが知ってると思いますが
布教活動を手伝った「やじろう」という日本人がいたというのは
全く知りませんでした・・・。
爛漫亭
sheri
JUNKO
YAP
船も定期便が就航しているわけでもなし、ザビエルひとりで船を造ったり漕いだりできるわけでもなし、そういうことも考えると、いろいろ想像が膨らみます。
Inatimy
29日だからまだ東方の三博士が到着してないんですね。
やじろうさんのバスク人のフランシスコ・ザビエルと意思疎通ができるコミュニケーション力、凄いな。辞書もなかっただろうのに。
おと
バスク、とっても行ってみたい場所です。
そこから、マラッカ、日本、中国、すごいなぁ。大航海ですよね。